マヌエル・ド・オリヴェイラ
1908年12月11日ポルト生まれ。31年に前衛記録映画『ドウロ河』を発表。42年には劇場用長篇『アニキ・ボボ』を作るが、その後、サラザール独裁政権下で長期間の沈黙を強いられる。63年に長篇第二作『春の劇』を作るも、上映直後に投獄される。70年代から映画制作の環境が好転すると『フランシスカ』(81)、上映時間6時間40分の大作『繻子の靴』(85)、『神曲』(91)など西洋古典芸術の深奥から力を汲む傑作群を連作。「世界で最も偉大な映画作家」として敬愛される。90歳を超えても毎年一本という驚異的なペースで新作を発表し続け、その映像は年を重ねるごとに自由と瑞々しさを増してゆく。今年のカンヌ映画祭には新作『アンジェリカの奇妙な事件』O Estranho caso de Angélica を出品。満場の喝采で迎えられた。



アニキ・ボボ
1942年/71分/モノクロ
監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:アントニオ・メンデス
出演:ナシメント・フェルナンデス、フェルナンダ・マトス、オラシオ・シルヴァ



オリヴェイラの長篇デビュー作。陽光降り注ぐポルトの街を舞台に、躍動するアナーキーな少年少女たちを縦横無尽に活写してネオレアリズモの先駆的作品と見なされる。「アニキ・ボボ」とは警官・泥棒という遊びの名前。 幼い恋の冒険を「罪悪」と「友愛」の寓意へ変貌させる演出のスケール感はすでにして巨大。






春の劇 

1963年/91分/カラー

監督・撮影:マノエル・ド・オリヴェイラ
出演:ニコラウ・ヌネス・ダ・シルヴァ、エルメリンダ・ピレシュ、マリア・マダレーナ



16世紀に書かれたテキストに基づいて山村クラリェで上演されるキリスト受難劇の記録。自ら「作品歴のターニングポイント」と述べる本作でオリヴェイラが発見したのは「上演=表象の映画」という極めて豊かな鉱脈だった。一見して不自然な「虚構」のドキュメントだけが喚起する謎と緊張。前人未踏の「映画を超えた映画」の始まり。







過去と現在 昔の恋、今の恋
1972年/115分/カラー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:アカシオ・ド・アルメイダ
出演:マリア・ド・サイセット、マヌエラ・ド・フレイタス、ペドロ・ピニェイロ


長篇劇映画第三作。ヴィンセンテ・サンチェスの同名戯曲を監督が自ら映画用に翻案。『フランシスカ』に至る「挫折した愛の四部作」の第一部にあたる。現在の夫に心を開かず、事故死した最初の夫への想いを募らせる妻ヴァンダを中心に、過去と現在、死者と生者の間を交差する奇妙な愛が描かれる。







カニバイシュ
1988年/101分/カラー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:マリオ・バローゾ
出演:ルイス・ミゲル・シントラ、レオノール・シルヴェイラ、ディオゴ・ドーリア



『過去と現在』から音楽を担当してきたジョアン・パエスとともに作られたオペラ・ブッファ映画。厳かに進行する貴族たちの晩餐会は、やがて、タイトルが予告する驚愕の食人場面へ。人間と動物、人間と機械、見せかけと本質……ヴァイオリンの調べに乗ってあらゆる境界が軽々と犯される。





神曲

1991年/142分/カラー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:イワン・コゼルカ
出演:マリア・ド・メデイロス、ミゲル・ギリェルメ、ルイス・ミゲル・シントラ



「精神を病める人々」の表札が掲げられた邸宅で、アダムとイブ、キリスト、ラスコリーニコフ、 ニーチェのアンチ・キリストら歴史的文学作品の登場人物たちが、信仰と理性と愛についての議論を戦わせる。西洋古典の深奥に分け入りながらも「まったく未知なものとして、絶対的な驚き」とともに再び映像として蘇らせるオリヴェイラ芸術の真骨頂。







アブラハム渓谷
1993年/188分/カラー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
原作:アグスティナ・ベッサ=ルイス
撮影:マリオ・バローゾ
出演:レオノール・シルヴェイラ、セシル・サンス・ド・アルバ、ルイス・ミゲル・シントラ



フロベール『ボヴァリー夫人』をもとにポルトガル文学の巨匠アグスティナ・ベッサ=ルイスが原作を執筆。彫琢された言葉の響きとオリヴェイラの完璧な映像が火花を散らす“文芸映画”の最高峰。監督が追求し続ける女性美が、主人公エマを演じるレオノール・シルヴェイラと洗濯女を演じるイザベル・ルトの両極に具現する。







階段通りの人々
1994年/93分/カラー

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
撮影:マリオ・バローゾ
出演:ルイス・ミゲル・シントラ、ベアトリス・バタルダ、フィリペ・コショフェル

リスボンの街路を舞台にした群像劇。「すべての私の映画同様、『階段通りの人々』は人生から沸きだした特別な何かだ。それは貧しくて周縁にいる、ほとんど忘れられた人々の目を通した真の人間性のポートレイトだ。これは1920年代の映画、初期映画への回帰を示す映画なのだ」。







ジョアン・セーザル・モンテイロ1939年2月2日フィゲレイダフォス生まれ。反体制的かつ無信仰的に育つ。63年に奨学金を得て渡英。ロンドン・フィルム・スクールで映画制作を学ぶ。60年代には映画批評誌で健筆を振るう。ラウラ・モランテ主演の『海の花』 À Flor do Mar(86)がサルソ・マッジョーレ映画祭で上映され、審査員特別賞を受賞。 89年に漁色と放縦に走る反-聖人デウスを自ら演じ、映画史上に屹立する傑作『黄色い家の記憶』を完成させる。同作はヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を獲得し、オリヴェイラに続くポルトガル映画の巨匠として認知される。『ラスト・ダイビング』(92)、『J.W.の腰つき』(97)などの意欲作を次々と発表するも、 2003年2月3日リスボンで惜しまれつつ癌により死去。 03年の『行ったり来たり』Vai e Vem が遺作となる。



黄色い家の記憶
1989年/122分/カラー

監督・脚本:ジョアン・セーザル・モンテイロ
撮影:ジョゼ・アントニオ・ルレイロ
出演:ジョアン・セーザル・モンテイロ、マヌエラ・ド・フレイタス、ルイ・フルタード


強烈な存在感で見る者を魅了してやまない痩身の中年男デウス(神)をモンテイロが愉快に自作自演した「ジョアン・ド・デウス」シリーズの第一作。姦淫、盗みなどの悪行に身を任せる天衣無縫のデウスの足跡が、そのままモラリスト的人間考察へと転じる。サッシャ・ギトリやバスター・キートンと比肩する偉大な個性を世界に印象づけた傑作。








ラスト・ダイビング
1992年/91分/カラー

監督・脚本:ジョアン・セーザル・モンテイロ
撮影:ドミニク・シャピュイ
出演:ファビアンヌ・バーブ、ディニス・ネト・ジョルジ、エンリケ・カント・イ・カストロ



死を想い波止場で淋しげにたたずむ青年に、老人が声をかける。実は自分も人生に飽きている。最後に街に繰り出し存分に遊び、それから死ぬことにしようじゃないか……。ネオン煌めく夜のリスボンで繰り広げられる歌と踊り、酒と官能の宴。絶望と引き替えに許された、底抜けに大らかな人生賛歌。







神の結婚
1999年/154分/カラー

監督・脚本:ジョアン・セーザル・モンテイロ
撮影:マリオ・バローゾ
出演:ジョアン・セーザル・モンテイロ、リタ・ドゥラン、ジョアナ・アゼヴェド



「ジョアン・ド・デウス」シリーズの最終作。「神の使い」から突如巨万の富を与えられたデウスは、それ幸いとばかりに自分の欲望を解禁する。実現した夢のような生活はしかし突如終息し、デウスは自分が破滅しているのを知る……。社会秩序の無効性を一方的に宣告するサド的な放縦さ。欲望と自由をめぐる孤高の省察。








パウロ・ローシャ1935年ポルト生まれ。大学では法律を専攻しながらシネクラブで積極的な活動を展開する。パリのIDHEC(高等映画学院・現FEMIS)監督科で学び、卒業後はジャン・ルノワール『捉えられた伍長』(62)、オリヴェイラ『春の劇』(63)の助監督を務める。63年に初監督作『青い年』を発表。国際的な成功を収め、ポルトガルの新しい波「ノヴォ・シネマ」の旗手と目される。第二作はリアリズム映画の佳作『新しい人生』(66)。82年には14年の歳月をかけた日本-ポルトガル合作映画『恋の浮島』を発表(82)。1975年から83年までは在日ポルトガル大使館文化担当官として東京で暮らし、親日家としても知られる。98年には、60年代に書いていた台本をもとに劇映画『黄金の河』を監督している。



青い年 
1963年/87分/モノクロ

監督・脚本:パウロ・ローシャ
脚色・台詞:ヌーノ・ブラガンサ
撮影:リュック・ミロ
出演:ルイ・ゴメス、イザベル・ルト、パウロ・レナート



パリで映画を学び帰国したパウロ・ローシャの監督第一作。田舎からリスボンへ移り住み新生活を始めた若者ジュリオの恋心と孤独を清冽に描く。ロケーション撮影、省略と飛躍が印象的な、「ノヴォ・シネマ」(新しい映画)の嚆矢となる重要作。ポルトガルを代表する美人女優イザベル・ルトの初々しい佇まいが魅力的。




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新しい人生 
1966年/94分/モノクロ

監督・脚本:パウロ・ローシャ
台詞:アントニオ・レイス
撮影:エルソ・ロック、カルロス・マノエル・シルヴァ
出演:ジェラルド・デル・レイ、マリア・バローゾ、イザベル・ルト



ローシャの監督第二作。ポルトガルの漁村を舞台に、兵役から戻った主人公が挫折を経て、人生を再出発させるまでの軌跡を描く。村民たちの漁の様子、麦わらや砂集めなどの労働が、モノトーンの映像で丹念に積み重ねられる。従来の劇映画のストーリーテリングとは一線を画す、偏心的構成が斬新な佳作。




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恋の浮島
1982年/169分/カラー

監督・脚本:パウロ・ローシャ
撮影:岡崎宏三、アカシオ・ド・アルメイダ、エルソ・ロック
出演:ルイス・ミゲル・シントラ、クララ・ジュアナ、三田佳子



14年の歳月をかけて作られた日本—ポルトガル合作映画。日本で暮らした作家ヴェンセスラウ・ド・モラエス(1854〜1929)の波瀾の生涯を描く。ポルトガルと日本、中国の古典文学を換骨奪胎し、東洋と西洋ふたつの精神が交差する。ローシャの奔放な想像力が生み出した過剰なる問題作。








アントニオ・レイス、マルガリーダ・コルデイロ1927年ヴァラダレス生まれ。映画界に入る前はポルトガル現代詩を代表する詩人として知られていた。50年代末にポルトのシネクラブで実験映画Auto de Floripes を共同監督。オリヴェイラの「春の劇」(62)に助監督として参加。撮影場所のトラス・オス・モンテス地方は、後に自ら題材として再三取り上げられることになる。60年代から国立映画学校で講座を受け持ち、ペドロ・コスタらを指導。70年代からは、精神科医のマルガリーダ・コルデイロと共同で、四本の伝説的な名作を手がける。74年の『ジャイメ』Jaime、76年の『トラス・オス・モンテス』、85年の『アナ』Anna、89の『砂漠の薔薇』Rosa de Areia である。1992年に死去。



トラス・オス・モンテス
1976年/111分/カラー

監督・録音・編集:アントニオ・レイス、マルガリーダ・コルデイロ
撮影:アカシオ・ド・アルメイダ
出演:トラス・オス・モンテスの住民たち



ポルトガル現代詩を代表するアントニオ・レイスが、マルガリーダ・コルデイロと共に作った初長篇。川遊びなどにうち興じる子供たちの姿を中心に、遠い山奥のきらきらと輝く宝石のような日々を夢幻的な時間構成により浮かび上がらせる。公開当時、フランスの批評家たちを驚嘆させ、後にペドロ・コスタ監督にも影響を与えたという伝説的フィルム。








ペドロ・コスタ1959年生まれ。リスボン大学で歴史と文学を専攻。青春時代はロックに傾倒する。国立映画学校に学び、とりわけアントニオ・レイスに師事。卒業後ジョアン・ボテーリョらの作品にスタッフとして参加しつつ、1987年、短編作品『ジュリアへの手紙』Cartas a Júlia を監督。長編作品『血』(89)、『溶岩の家』(95)『骨』(97)を発表。大胆かつ尖鋭的な映像構成で世界を瞠目させる。その後、土地とそこで生活する住人との、親密で息の長い関係から映像を紡ぎ出す独自の路線へ舵を切り、『ヴァンダの部屋』(00)、『コロッサル・ユース』(06)などの傑作群を完成させる。最新作はフランス人女優ジャンヌ・バリバールの音楽活動を記録した『何も変えてはならない』(09)。





骨
1997年/98分/カラー

監督・脚本:ペドロ・コスタ
撮影:エマニュエル・マシュエル
出演:ヴァンダ・ドゥアルテ、ヌーノ・ヴァス、マリア・リプキナ



現代映画の最前線をひた走るペドロ・コスタの長篇第三作。リスボン近郊のスラム地区カボ・ヴェルデを舞台に、貧困と無気力にうちひしがれる若者たちの生を透徹した眼差しで描く。劇映画の枠組みを多分に残して作られたコスタ最後のフィルムであり、物語を食い破るように突出するショットの残酷な輝きが際立つ。








テレーザ・ヴィラヴェルデ
1966年リスボン生まれ。監督第一作Idade Maior はベルリン映画祭のフォーラム部門ほか多数の映画祭で受賞。以後、ペドロ・コスタらと共にポルトガルの若手監督として脚光を浴びる。92年の『三人兄弟』 Tres Irmaos では出演 者のマリア・ド・メデイロスがヴェニス映画祭の最優秀女優を獲得している。98年の『オス・ムタンテス』がカンヌ映画祭“ある視点”部門に出品され、国際的な注目を集め、また、ポルトガル国内でも興行的な成功を収める。続く『水と塩』Agua e sal も再びヴェニス映画祭に出品。04年にはドキュメンタリー映画A Favor da Claridade を監督。 『トランス』が五作目に当たる。


トランス 
2006年/126分/カラー


監督・脚本:テレーザ・ヴィラヴェルデ
撮影:ジョアン・リベイロ
出演:アナ・モレイラ、ヴィクトル・ラコフ、ロビンソン・ステヴニン



サントペテルブルクで暮らしていたソーニャは、より良い暮らしを求めて西ヨーロッパへ向かうが、旅の途中で過酷な現実に直面する。人間の尊厳を奪われる絶望的な状況の中で、奇妙にも、耽美的な夢世界への通路が開かれる。いまポルトガルでもっとも期待される才能のひとりヴィラデルデの野心作。






ミゲル・ゴメス
1972年リスボン生まれ。高等映画演劇学院で学ぶ。96年から00年まではポルトガルのメディアで映画批評を執筆。並行して短編映画を手がけはじめ、オーバーハウゼン映画祭、ベルフォール映画祭で受賞。ロカルノ映画祭、ロッテルダム映画祭、ブエノス・アイレス映画祭、ウィーン映画祭にも出品される。04年に初長篇作品『自分に値する顔』A Cara que Mereces を監督。08年には『私たちの好きな八月』を発表。カンヌ映画祭の監督週間に出品されて絶大な反響を引き起こす。以後、世界40以上の国際映画祭に出品されて幾多の賞を獲得。一躍、世界の映画ファンから注目を集める存在になる。現在、最新作となる『曙光』Auroraを準備中。


私たちの好きな八月 
2008年/149分/カラー


監督:ミゲル・ゴメス
脚本:ミゲル・ゴメス、マリアナ・リカルド、テルモ・シューロ
撮影:ルイ・ポサス
出演:ソニア・バンデイラ、 ファビオ・オリヴェイラ、ジョアオン・カルヴァリョ



新鋭ミゲル・ゴメスの長篇第二作。ヴァカンス期のポルトガル山間部を舞台に、地元の村人、映画製作チーム、音楽フェスティバルの様子をドキュメンタリー的に描く前半部が、やがていつの間にか、途切れることなく、美しい少年と少女のメロドラマを綴る後半部へと移行する。真夏の夜の夢のような脱ジャンル的秀作。