ジョージア[グルジア]映画祭

昨年秋、岩波ホール創立50周年記念特別企画として開催され、大きな話題をよんだ
「ジョージア[グルジア]映画祭・コーカサスの風」で上映された作品を全国に巡回します!

ジョージアの独学の天才画家ニコ・ピロスマニの後半生を描き、ジョージア人の民族の心を映像化した『放浪の画家ピロスマニ』(ギオルギ・シェンゲラヤ監督)、オタール・イオセリアーニ監督(『落葉』『歌うつぐみがおりました』等)、テンギズ・アブラゼ監督(「祈り三部作」(『祈り』『希望の樹』『懺悔ざんげ』等)等々、数々の映画史上の名作を生みだし、2018年に誕生110年を迎えたジョージア映画。
サイレント期の伝説的作品から、70年間にわたるソヴィエト時代の名作、1991年の独立後の混迷を経て、蘇った現代ジョージア映画まで新旧の日本未公開作品13作品(短篇含)からなる特集「ジョージア映画祭」。コーカサスの歴史ある国から未知の感動をお届けします。
是非とも上映を企画してください。
・上映素材は、DCPまたはブルーレイでの提供となります。
・1作品でも数本まとめても上映することができます。
・映画料につきましては、作品によって異なります。

詳細につきましては、コミュニティシネマセンターまでお問い合わせ下さい。

コミュニティシネマセンター Tel: 050-3535-1573 Email: film@jc3.jp

作品紹介

ジョージア[グルジア]映画祭 作品資料2018年10月13日 © はらだたけひで

ジョージア映画の古典的名作5本!

ジョージア映画の近年の傑作!

中篇・短篇ドキュメンタリーも見逃せません!

巡回スケジュール

地域 日程 会場 チラシ
広島県広島市 2019年9月(予定) 広島市映像文化ライブラリー会場サイト  
神奈川県鎌倉市 2019年9月3日(火)~9月8日(日)
※『ケトとコテ』、『映像』のみ上映
鎌倉市川喜多映画記念館会場サイト  
神奈川県横浜市 2019年7月13日(土)~8月2日(金) 横浜シネマリン会場サイト  
ほか、全国に順次巡回予定

私のお祖母さん

CHEMI BEBIA(MY GRANDMOTHER)
1929年/61分/スタンダード/白黒/サイレント
コンスタンティネ(コテ)・ミカベリゼ監督(1896〜1973)
脚本:ギオルギ・ムディヴァニ、コテ・ミカベリゼ 撮影:アントン・ポリケヴィチ、ウラディミル・ポズナン 美術:イラクリ・ガムレケリ 
出演:アレクサンドレ・タカイシュヴィリ(官僚)、ベラ・チェルノワ(官僚の妻)、E.オヴァノフ(ドアマン)、アカキ・フォラヴァ(労働者)
グロテスクと思えるほどに辛らつに官僚主義を批判している作品。作風は極めて斬新、表現主義的、未来派的、超現実主義的であり、さまざまな冒険に満ちたアヴァンギャルド映画である。風采の上がらない一役人の運命をとおして、役所と役人の無能さをブラックなユーモアで痛烈に風刺している。次から次へと息つく間もなく新しい展開が用意されていて、特に人形のアニメーションを自由に使い、自殺を試みる主人公と興奮する妻と娘の異様なシーンは強烈である。本作はアナーキーで、過激な内容だったために、ジョージア映画史上、初めて公開禁止、お蔵入りになり、1967年まで上映されることがなかった。
ジョージアの人によれば、「お祖母さん」は当時、「後ろ盾」を意味したという。
戸籍登録所のシーンは、夫が妻と離婚しようとしたが、再就職のための推薦状をもっていることを知った妻が、夫の将来が安泰だと思い、泣いて離婚を止めさせようとしているとのこと。

スヴァネティの塩

JIM SHVANTE(MARILI SVANETS/SOLT TO SVANETIA)
1930年/49分/スタンダード/白黒/サイレント
ミヘイル・カラトジシュヴィリ監督(ミハイル・カラトーゾフ1903~1973)「鶴は翔んでゆく(戦争と貞操)」
脚本:セルゲイ・トレティアコフ 撮影:シャルヴァ・ゲゲラシュヴィリ、ミヘイル・カラトジシュヴィリ 美術:ダヴィト・カカバゼ
「スヴァネティの塩」(1930)は、ジョージア北西部、コーカサスのスヴァネティ地方で、独特の塔が林立する村で知られるウシュグリの人々が、社会主義政権のもとで道路を建設し、因習を打破するというプロパガンダ映画。山岳地帯では貴重な塩をめぐるエピソードなど、四季をとおして過酷な自然環境のなかで生きる村人たちの姿が、荒々しい映像とモンタージュによって映し出される。地域の争い、織物、帽子作り、収穫、冷害、岩山での重労働、雪崩による死、貧富の格差、出産 ―― 新旧の世代の対立、自然と人間の対峙、宗教の問題を描いたといわれる本作は、スペインのルイス・ブニュエル監督「糧なき土地」(1932)に匹敵すると評価された。
製作の背景には、このようなエピソードがある。1929年、カラトジシュヴィリ監督たちは、コーカサスのスヴァネティ地方で「盲者」という劇映画を作ったが、当局から形式主義だと厳しく批判されて、お蔵入りどころか破棄されてしまう。しかし諦めきれないカラトジシュヴィリ監督は、編集段階で捨てたフィルムの断片を拾い集め、個人的に撮っていた映像を加えて再編集し、新作に仕立てあげた。それがこの「スヴァネティの塩」となり、今日、映画史上の傑作と評価されるようになった。
カラトジシュヴィリ監督は、「軍靴のなかの釘」(1931)を当局に批判され、約20年もの間、製作の表舞台から離された。そして第2次世界大戦後、ようやく製作現場に戻れた彼が、スターリンの死後に発表した「鶴は翔んでゆく(戦争と貞操)」(1957)は、見事カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞する。ソ連とキューバの合作「怒りのキューバ」(1964)でも知られる。ソ連名はミハイル・カラトーゾフ。
スヴァネティ地方のウシュグリは、本映画祭の「デデの愛」「映像」の舞台でもある。スヴァネティは、ジョージア北西部のアブハジアに接する地域。コーカサス山脈の3000m~5000m級の山々に囲まれて、歴史的に上スヴァネティと下スヴァネティに分けられる。中心の町はメスティア、さらに奥には、ヨーロッパでは最も標高が高い村とされるウシュグリ(標高2410m)があり、1996年に村全体がユネスコの世界遺産に定められている。有名な塔は9世紀から12世紀に建てられたものだ。スヴァン人は古代ギリシャの時代に遡るほど昔から存在し、現在はスヴァン語(文字がない)とジョージア語を併用している。

ケトとコテ

KETO DA KOTE(KETO AND KOTE)
1948年/90分/スタンダード/白黒/ジョージア語
ヴァフタング・タブリアシュヴィリ監督(1914~2002)+シャルヴァ・ゲデヴァニシュヴィリ監督(1897~1990)
原作・脚本:セルゴ・パシャリシュヴィリ、ヴィクトル・ドリゼ(オペラ)、アフクセンティ・ツァガレリ(演劇) 撮影:アレクサンドレ・ディグメロフ 美術:イオセブ・スンバタシュヴィリ、ファルナオズ・ラピアシュヴィリ 衣装:P.パリアシュヴィリ 音楽:ヴィクトル・ドリゼ、アルチル・ケレセリゼ、編集:ヴァシリ・ドレンコ
出演:メデア・ジャパリゼ(ケト)、バトゥ・クラヴェイシュヴィリ(コテ)、タマル・チャフチャヴァゼ(ハヌマ)、ペトレ・アミラナシュヴィリ(レヴァン公爵)、シャルヴァ・ガンバシゼ(マカル)、メリ・ダヴィタシュヴィリ(カバト)、ヴァソ・ゴジアシュヴィリ(シコ)、ギオルギ・シャヴグリゼ(ニコ)、ヴェリコ・アンジャパリゼ(女王)
第二次世界大戦直後に作られた、歌あり踊りありの絢爛豪華なミュージカル映画の傑作。
19世紀半ば、ロシア帝政下のチフリス(トビリシ)。富裕な商人マカルは、美しい娘ケトを結婚させて、貴族階級に仲間入りすることを夢見ていた。そこでマカルは独身で破産寸前のレヴァン公爵に娘との縁談を働きかける。レヴァン公爵は商人とかかわることを望んでいなかったが、金のために結婚をやむなく受け入れた。しかしケトは公爵の甥の若い詩人コテと愛し合っていた。コテも事態を知って、結婚を仲介するハヌマに相談する。さらに彼は絶望するケトのもとへゆき、2人は愛を確かめあう。ハヌマは若い2人を救うために計画を練り、彼らの友人たちと行動を起こし、周囲の者たちを見事に出しぬき、ケトとコテは、めでたく幸福を手に入れる。
「ケトとコテ」については、この映画より先に、19世紀にアフクセンティ・ツァガレリが書いた「ハヌマ」があり、その本を基にして1919年に作曲家ヴィクトル・ドリゼが発表したコミック・オペラ「ケトとコテ」がある。映画は人々の人気を集めたドリゼの音楽に加えて、ジョージア民謡を基にしたアルチル・ケレセリゼの音楽が新たに作曲された。
大戦直後の社会にたちこめた重苦しく沈痛な状況に対して、書記長のスターリンが国民を元気づける明るく楽しい映画を作るように、という指示で作られたといわれている。今日でもジョージアの人々に愛される国民的映画の1本として名高い。

大いなる緑の谷

DIDI MTSVANE VELI(GREAT GREEN VALLEY)
1967年/87分/スタンダード/白黒/ジョージア語
メラブ・ココチャシュヴィリ監督(1935~)
脚本:メラブ・エリオジシュヴィリ 撮影:ギオルギ・ゲルサミア 編集:ノダル・マミサシュヴィリ 編集:ジュリエッタ・ツォツォノヴァ 音楽:ノダル・マミサシュヴィリ
出演:ダヴィト・アバシゼ(ソサナ)、リア・カパナゼ(ピリムゼ)、ムジア・マグラケリゼ(ソフィオ)、イリア・バカクリ(ギオルギ)、ズラブ・ツェラゼ(イオタム)
ソサナは、家族とともに「大いなる緑の谷」で、先祖から受け継いだ牛飼いを営み、牛とともに谷を転々としながら生活をしている。彼には谷の豊かな自然と、家族と、牛が人生のすべてであり、ほかの世界は想像できない。しかし妻のピリムゼは定住の生活を望んでいる。息子のイオタムは父を慕いながらも、両親の考えの違いを心配している。
一方で、この地域では油田開発とともに新しい村の建設が進み、谷の自然環境も少しずつ変わり、現代文明はソサナの世界を脅かしてゆく。彼はこの変化に戸惑い、抗い、新しい時代は、谷の価値あるものを破壊することになると主張するが…。
2017年に作品を修復、デジタル化し、12月のトビリシ国際映画祭で披露された。

少女デドゥナ

DEDUNA(DEDUNA)
1985年/60分/スタンダード/カラー/ジョージア語
ダヴィト・ジャネリゼ監督(1958~)
原作・脚本:レヴァズ・イナニシュヴィリ 撮影:レリ・マチャイゼ 美術:ショタ・ゴゴラシュヴィリ、マルハズ・デカノイゼ 音楽:ヤコブ・ボボヒゼ 音響:イメリ・マンガラゼ
出演:マレヒ・リコケリ(デドゥナ)、ベシク・オドシャシュヴィリ、ザカリア・コレリシュヴィリ、タマル・スヒルトラゼ、レヴァン・ピルバニ、イリナ・グダゼ
特別出演:ジョージア国立弦楽四重奏団
コーカサスの山深い村で、母親を亡くし、父親と二人で暮らす少女の質朴な生活を、ドキュメンタリーのように静かなタッチで描いた作品。デドゥナとは「母(デダ)の愛する娘」という意味。町からヘリコプターで弦楽四重奏の楽団がやってきて、シューベルトの「死と乙女」を演奏し、帰ってゆく。ほかに近所の一家との交流、道に迷った少年を引きとって一緒に生活するほかには、ドラマらしい出来事は起こらない。しかし静かに、そして豊かに心に残るものがある。
主演の少女マレヒ・リコケリは、ノダル・マナガゼ監督「春は去る」(1983)に出演していて「少女デドゥナ」は2作目。ジャネリゼ監督がロケハン中、カンダウラという村で偶然彼女に出会い、その村で彼女を主演に撮影することにしたという。少年は東ジョージア、テラビの寄宿学校で見つけ、ほかの登場人物はプロの俳優である。
原作、脚本は「田園詩」「希望の樹」のレヴァズ・イナニシュヴィリ。原作はA4の紙2、3枚に収まる彼が書いた同名の短篇である。当時、20代半ばのジャネリゼ監督はこの作品に感銘を受けて、親しかったイナニシュヴィリに声をかけてシナリオを書き始めた。
この作品は1985年マンハイム国際映画祭でグランプリを受賞した(ロシア語題名は「ほたる」)。しかし当時、数本のプリントしか作られず、現在、「少女デドゥナ」のプリントはジョージアにはない。ネガはソ連時代のほかのジョージア映画と同様にロシアが所蔵し、唯一のプリントはドイツのコレクターが所有しているので自由に見ることができない。今回の上映はジャネリゼ監督がプライベートにもっていた状態の悪いDVD(おそらく状態の悪いプリントから制作したもの)を提供してもらい、DCP化したものによる。

少年スサ

SUSA(SUSA)
2010年/76分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語
ルスダン・ピルヴェリ監督(1975~)
脚本:ギオルギ・チャラウリ 撮影:ミリアン・シェンゲラヤ、イラクリ・ゲレイシュヴィリ 美術:グラム・ナフロザシュヴィリ 録音:マドナ・テヴザゼ 編集:ルスダン・ピルヴェリ、ズヴィアド・アルハナイゼ
出演:アフタンディル・テトラゼ(スサ)、ギア・ゴギシュヴィリ(父)、エカテリネ・コバヒゼ(母)、レヴァン・ロルトキファニゼ
ジョージアの首都トビリシ、本作が製作された頃のトビリシは、独立後の混迷の影響がまだ色濃く残っていた。12歳の少年スサは、貧しい境遇に置かれてはいるが、色ガラスのかけらを集めて遊ぶふつうの少年だ。しかし彼は毎日ウオッカの密売の運び人として、小さな酒場や賭博場を転々と売り歩く厳しい日々を送っていた。母はウオッカの密造所で働き、父は出稼ぎに出ている。ある日、母から父が休暇をとって帰ってくると聞いて、スサは自分たちの苦しい生活が変わると、期待を抱くようになる…。スサ役のテトラゼはピルヴェリ監督によって数百人の子供たちのなかから見出された。彼は演技経験はまったくなかったが、台詞も容易に憶えて、スムーズに撮影現場に入ることができたという。

微笑んで

GAIGHIMET(KEEP SMILING)
2012年/92分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語
ルスダン・チコニア監督(1978~)
脚本:ルスダン・チコニア 撮影:コンスタンティネ・エサゼ 美術:ソホ・バズガゼ、マムカ・エサゼ、ディマ・アルサニシ、ギガ・ヤコバシュヴィリ 録音:パアタ・ゴジアシュヴィリ 編集:ルスダン・チコニア他
出演:イア・スヒタシュヴィリ(グヴァンツァ)、ナナ・ショニア(インガ)、タマル・ブフニカシュヴィリ(イリナ)、エカ・カルトヴェリシュヴィリ(アリナ)、ショレナ・ベガシュヴィリ(バイア)、オルガ・バブルアニ(エレネ)、マカ・チチュア(タムナ)、レヤ・メトレヴェリ(リジ)、タマル・ブジアヴァ(アンカ)、イア・ニニゼ(リジの母)、ギヤ・ロイニシュヴィリ(オタリ)
テレビショー「ジョージアの母コンテスト」が企画され、10人のさまざまな境遇の女性たちが応募した。コンテストは5つの部門に分けられ、料理、ベスト・マザー、芸術、視聴者の投票、トーク「私と家族」があり、これらを通過した5人の勝者から優勝者が選ばれ、優勝者には家と25000ドル(約280万円)が贈られる。多くの参加者は貧窮しているので、誰もが勝ちたいと思っている。
グワンツァは25歳、3人の子供を抱えたシングルマザー。彼女はかつてヴァイオリニストだった。しかし男にだらしないところがある。インガも3人の子供を抱えている。未亡人でグワンツァの隣に住んでいて、2人は仲が悪い。エレネはアブハジア紛争で子供の頃、難民としてトビリシに逃げてきた。今は夫と3人の子供と病院の狭い空き部屋に住んでいる。タムナは46歳、夫はいるがディマとの不倫を重ねている。イリナには赤ん坊をふくめて4人の子供がいる。しかし家が銀行に差し押さえられて追い出された。リジはいつも母親のいいなりになっている。バイアは番組のスポンサーでもある国会議員ズラブの妻。他の参加者とは異なり、裕福である。ズラブは妻を優勝させて、政治的に利用しようとしている。ほかにもアンカ、ナナ、アリナがいる。厳しいコンテストの日々が始まった…。日本では2013年の大阪ヨーロッパ映画祭で上映された。

ブラインド・デート

SHEMTKHVEVITI PAEMNEBI(BLIND DATES)
2013年/98分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語
レヴァン・コグアシュヴィリ監督(1973~)
脚本:ボリス・フルミン、レヴァン・コグアシュヴィリ、アンドロ・サクヴァレリゼ 撮影:タト・コテティシュヴィリ 美術:コテ・ジャファリゼ、ティナティン・クヴィニカゼ 音楽:パアタ・ゴジアシュヴィリ
出演:アンドロ・サクヴァレリゼ(サンドロ)、イア・スヒタシュヴィリ(マナナ)、アルチル・キコゼ(イヴァ)、ヴァホ・チャチャニゼ(マナナの夫)、カヒ・カフサゼ(サンドロの父)、マリナ・カルツィヴァゼ
サンドロは40歳の独身、トビリシの学校で歴史を教えている。同居する両親からは毎日のように結婚するようにと迫られている。友人のイヴァも心配して、なにかと彼に女性を紹介しようとしている。ある日、イヴァと両親と気晴らしで行った海辺で、教え子の母親のマナナと出会い、二人は互いに好意を抱くが、マナナには服役中の夫がいた。その夫は出所するとさっそく詐欺を働き、サンドロも騒動に巻き込まれてゆく…。
ジョージアの男たちの世話好き、思いやりや優しさがひき起こす哀愁漂うヒューマンコメディー。物語の背景に、1990年代の混乱で結婚できなかった男たち、アブハジアや南オセチアなど紛争地域からきた難民など、当時のジョージアの社会事情が描かれている。
コグアシュヴィリ監督は前作「路上の日々」(2010)までは、ジョージア社会の苛酷な状況を描いた厳しい内容が多かったが、この作品を機に、ほのかなユーモアが漂う作風へと変わっていった。寂寥感漂うカメラも秀逸である。日本では2013年の東京国際映画祭で上映された。

他人の家

SKHVISI SAKHLI(HOUSE OF OTHERS)
2016年/103分/スタンダード/カラー/ジョージア語
ルスダン・グルルジゼ監督(1972~)
原案:ダヴィト・チュビニシュヴィリ、ルスダン・グルルジゼ 脚本:ダヴィト・チュビニシュヴィリ 撮影:ゴルカ・ゴメス・アンドリュー
出演:ズラブ・マガラシュヴィリ(アスタムル)、オルガ・ディホヴィチナヤ(リザ)、イア・スヒタシュヴィリ(アジダ)、サロメ・デムリア(イラ)、エカテリネ・ジャパリゼ(ナタ)
アブハジアがジョージアから分離独立を求めた紛争は、1992年夏に凄惨な武力衝突に拡大した。紛争は1994年にいったん停戦になるが、緊張は現在も続いている。当時、アブハジアに住んでいたジョージア人は、身を守るために長く暮らしていた家を着の身着のままで捨て、ジョージア側へと避難した。その難民の数は約25万人といわれる。
この映画は1992年初冬から1994年のアブハジアが舞台と思われる。ジョージア人が避難した後の山中の村の空き家に、アスタムルとスラヴ系の妻リザの夫婦、10歳の息子レオと妹リツァが住み始める。彼らはアブハジアの首都スフミで暮らしていたが、戦火で家を失っていた。この村の少し離れた隣家には、同じ事情で先に暮らしている女性が3人、男装でいつも銃と望遠鏡を手放さないイラ、未亡人のアジダ、十代の娘のナタがいる。
映画では、屋内の映像が観る者に強い印象を残す。家主の不在の家で、ランプの灯りに浮かび上がる闖入者である家族たち、それまで長く暮らしていた人たちと家が作り上げてきた濃密な気配が描かれる。
また登場人物の設定はアブハズ人のはずだが、アブハズ語ではなく、ジョージア語を話すジョージア人が演じている。そして一家の妻はスラヴ系でロシア語を話している。ここには監督の意図があると思われる。そして降りつづける雨とスタンダードサイズの画面が人々の閉塞感をいっそう高めている。

映像

ANAREKLI(REFLECTION)
2010年/11分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語
ギオルギ・ムレヴリシュヴィリ監督(1983~)
ムレヴリシュヴィリ監督の第1作。スヴァネティ地方で、村人を対象に野外上映が行われた様子を描いたドキュメンタリー。
野外上映会で上映される3本の映画は、旧ソ連時代のジョージア映画「記録」「クヴェヴリ」「セレナーデ」である。

西暦2015年

A.D.2015(A.D.2015)
2015年/10分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語
ハトゥナ・フンダゼ監督(1972~)
脚本:ハトゥナ・フンダゼ 撮影:ラウラ・カンスィ
旧ソ連邦時代は活気を呈していたジョージア・フィルムの撮影所は、今はほとんど使用されることはない。しかし当時から働いている職人たちは、老いてもなお撮影所を維持しようと黙々と作業を続けている。プリントの修復や、往年の映画で使用された衣装や小道具、資料の管理など、その仕事は限りない。本作は職人たちの姿をとおして、撮影所への彼らの愛とともに、厳しい現状を伝える作品である。この作品から3年後の今日、関係者の努力によって撮影所の状況はだいぶ改善され、さまざまなプロジェクトが生まれつつあるが、まだ問題は山積されている。
[最後のテロップ全訳]
ジョージア・フィルム1928は、世界で最も古い映画スタジオのひとつで、800の長編、短篇、テレビドラマ、そして600のドキュメンタリー、300のアニメーションを制作してきた。そして2015年の現在は廃墟のように見える。3人の職員、アルメニア人のロベルト、クルド人のガヴァズ、ジョージア人のナニは80歳近いが、現在も現像所で家族のようにともに働き、すべてを管理しながら、よりよくなる時を待っている。

メイダン 世界のへそ

MEIDANI――SAMKAROS CHIPI(MAIDAN,NAVE OF THE WORLD)
2004年/52分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語、アルメニア語他
ダヴィト・ジャネリゼ監督(1958~)
脚本:ダヴィト・ジャネリゼ、ピテリアン・スミティ 撮影:ギオルギ・ゲルサミア 音楽:ギオルギ・ツィンツァゼ 編集:ステラ・ヴァン・ヴォオルスト・ヴァン・ベスティ
メイダンはジョージアの首都トビリシのメテヒ寺院の対岸、温泉浴場(アバノ)周辺の旧市街をさす。大昔から、ここはコーカサス地方の中心であり、東西南北の民族が行きかい、多くの商売が行われて活気を呈していた。現在も、ジョージア人、アルメニア人、アゼルバイジャン人、ロシア人、ユダヤ人、クルド人などが住み、多くの言語が語られ、ジョージア正教、イスラム教、ユダヤ教など、それぞれの宗教の寺院がある。しかし現在は再開発が進んで、観光の中心として賑わっているが、この映画で描かれたような風情はだいぶ失われている。

ダンサー

MOTSEKVAVE(DANCER)
2014年/35分/ヴィスタヴィジョン/カラー/ジョージア語、ロシア語
サロメヤ・バウエル監督(1989~)
撮影:ニキータ・バベンコ 音楽:アレクサンダー・フレノフ
サロメヤ・バウエルのロシア映画大学の卒業制作である。彼女はトビリシに生まれたが、1993年、ジョージアの独立後の混乱のなか、ロシア、北コーカサスの祖母のもとに預けられる。モスクワの映画大学を卒業後、トビリシに帰り、現在、画家としても注目されている。
ジョージアの民族舞踊。その稽古にはげむ少年。プロの舞踊団で踊る青年、彼のモスクワへの公演旅行、そして彼らを見守る師匠たち。三世代の日々を描く。
少年が通うダンススクールは、スフミ青年館所属子供合唱舞踊団「ハリジ」となっていることから、彼の一家はアブハジア紛争の避難民と考えられる。青年が属する舞踊団はジョージアを代表する「エリシオニ」である。